封建都市の住居地の特質

明治維新以降の都市の居住地形成は、当然ながら、封建期の住居、居住地構成を基礎としてその上に発展していますが、大まかにいって、封建都市下の庶民の居住状態を根本的に変革させていく方向に進んだのではなく、むしろそれを温存させるという過程をとってきたといえます。その意味から、封建都市の居住地構成の特質をつかんでおくことが重要でです。第1に市街地の構成が複雑で、庶民の居住地はきわめて稠密でした。封建都市の主流である城下町は、居住や産業のためというより都市防衛を基点として構成されており、武土、町人、賎民の階層別に居住地が定められていました。そのうち、武家の屋敷町が市街地の7割から8割を占めていました。身分制のもとでは、階層間の移動が閉ざされていたことはもちろん、町人に対しては住居、地域の移動が厳しく制限されていました。結果として町人地の建てづまり、集住が顕著でした。

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第2に、町家の居住状態は低劣でした。江戸時代すでに借家経営が高度に発達しており、借家住まいが多かったのですが、それら住宅での居住は極めて低い水準におしとどめられていました。低質性を規定していた条件として、住宅が消耗性の早い粗悪な材料でできていたこと、建て方が粗雑であったことがありますが、さらに、住居は身分によって格式が定められており、特に都市下層住民は安普請を強いられていたことがあげられます。また、非防火の住宅や建てづまりは、しばしば大火をひき起こしましたが、その結果は低質粗悪住宅の再生産をもたらしました。借家の供給は、火災の危険性を見越して投機的性格を強め、投資の短期回収がはかられたからです。
第3に、居住者が住宅改善意欲を失っていました。封建的家族制度のもとでは、各家族成員の個人生活はふみにじられており、封建制を維持するための種々の身分制限令、移動禁止令等は、住居の改善を抑圧していました。質素倹約の倫理をおしつけながら、実は生活改善を罪悪視させ諦めさせていました。近代都市の居住地形成は、これら封建期の低水準の住居状態の継承に立ち、端緒から低劣化を方向づけられていました。
町家の住居形式は、表店、しもたや、裏店の三つのパターンに大別されます。表店は表通りに面し、見世つまり店や仕事場を持つ職場と住まいの場所が一体となった住居です。しもたやは、みせのない格子づくりの家であり、裏店は、表道路に面せず、表店の裏にくっついた袋小路の長屋で、職人、行商人などの住まいでした。
明治以降においては、武家の住居は規模の大きさが市街地住居に向かず、上流住宅に受けつがれながら消滅していき、豪商の住居は、家作制限の枠内で内部仕上げの豪華な一様式をつくり出しましたが、いわゆる封建的生産下の狂い咲きであって、その建築技術は普及化できないものでした。近代における都市住居は、しもたやの通り庭型住居の圧縮化、裏店型住居の長屋住宅への移行を軸として発展していくことになります。
明治維新の進行は、封建都市の社会階層の構成に大きな変動をもたらしました。農村では小作人の困窮が深まったため賃労働者となって都市に流れ込んできたし、武士階級に対する秩緑廃止により下級武士の貧窮化が深まり転落する者が多かった。
職人は明治に入っても裏店住まいを続けていましたが近代工業が萌芽してくるにつれ、その生活基盤は急速に崩壊しはじめ、居住状態の悪化が目立ってきました。また、都市に流入した農民層や没落士族や商工業からの転落者は、合流して都市周辺部に発生していた不良住宅や木賃宿に沈澱していきました。これらの層は、日雇、雑役等の臨時労働に従う不熟練労働者となりましたが、その生活は困窮をきわめ、その居住地区は貧民街に発展していきました。
明治20年代に入り、ようやく資本主義経済が成長しはじめてからは、近代商工業の発展にとって都市防衛を主とした城下町の複雑な地域構成がその主軸となって目立ちはじめ、産業基盤整備を中心とした都市改造を行なうことが急務となってきました。明治22年に東京市区改正条令が公布され、道路や河川を主とした改良事業がすすめられることになります。また、明治政府は、絶対主義的中央集権国家の形成を目指し、政治的、軍事的支配機構を確立するため、中央官庁街の整備を進めました。封建都市の大半の地域を占めていた武家地を官有地としてみずからの掌中におさめ、その要所要所に官庁、軍事施設を配置し、権力示威のための景観整備をそれらの地区に限って積極的にすすめました。
武家地のその他の部分では、高級官吏などの住居として武家屋敷が転用されるようになりました。しかし、住生活の変化が住居形態と矛盾するようになり、また非都市的な土地利用も市街地の発展に向きませんでした。市街地の資本主義的土地利用が高度化していく過程で屋敷町の住居の用途転換も散発的にすすみ、その一部地域には学校、文化施設などが集まって文教地区化しますが、完全に商業地区化する立地条件はなく、徐々に無性格な地区に転化していきました。
日清、日露戦争を経過して日本の資本主義経済は急速な成長をとげ、この頃から繊維工業、機械器具工業などを中心として機械制工場の建設が活発となり、既存市街地とは離れた都市周辺部に専用工場地帯が形成されるようになりました。同時に、裏町における零細工場、家内工業が発生するようになり、職人町は工住混合地区化していきました。町家街における工場の発生は、家族労働の吸収を意図した工場生産の分業化や手工業の機械動力取入れによる近代産業への転換等に起因するものですが、町家の居住環境は著しく悪化しはじめました。
以上の考察によると、封建都市から近代都市への移行は、地域構成の変化という点からみれば、全体としては封建期の地域分化を踏襲しつつ、武家地は国家権力機関による支配拠点としての公館地区、軍事施設地区、高級官吏住宅街に転化し、町人地は封建期の低劣な住居状態をそのまま受けつぎながら貧民街、工住混合地区を創り出すという質的変容をとげたといえます。

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