不良住宅区改良事業

住宅の計画がより社会的な問題へと取り組んだのは、昭和初期の不良住宅地区改良事業においてです。第1次大戦を契機とする日本産業の重工業化とこれに続く大恐慌は、都市における下層階級の住宅の問題をはっきりと社会問題として示しましたが、これは何もこの時期に初めて発生した問題ではなく、資本主義社会の都市における必然的な産物でした。都市への人口集中は住宅不足と密集した生活環境における非衛生、非道徳を生み、さらにその社会からの税落者はいわゆるスラムを形成していったのです。このような不良住宅地区についての調査は大正の半ば頃から第2次大戦に至る期間にしばしば行なわれました。はじめは、民間の社会事業家の報告などが発表され、これが注意を喚起して大正10年には内務省社会局による6大都市の細民住宅調査、15年以降には東京市および東京府による一連の住宅地区調査などが実施されています。そして、これらの調査が明らかにした都市内の病巣を除去しようという意図をもって、不良住宅地区改良法が設定され、6大都市において数地区、総面積にして約5万3千坪の改良事業が順次実施されて行ったのです。

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この事業は、住宅計画の立場からみれば、新規の建設計画でなく既存市街地の改造が試みられたこと、また個々の住宅でなく地区としての改造が意図されたことに特色があります。改良の対象地区の指定を受ける条件としては、実質的に一地区に密集した不良住宅地区でなければならず、そのため事業主体である自治体は地区内の土地、家屋、居住状況などの詳細な調査を行なって事業を申請しました。
改良は、単に住宅の建て替え、不燃化だけが行なわれたのではありません。地区内の道路や下水の整備、空地の確保、さらには集会所や授産所などの設置も行なわれて、居住環境全般にわたる改良が意図されています。
この改良法の目的としては、一つには居住者の生活安定と福祉増進、一つには保安、衛生、風紀を脅かすおそれのある密集地区の改修が挙げられています。前者は慈恵的社会政策と同時に一部には同和政策の色を含むものであり、後者は都市の危険と都市悪発生源の除去という治安政策の側面をもつものです。そして後者の目的に対しては、住宅や道路の改良整備で一応の成果は得られたとしても、前者の目的に対しては、単に物的環境の改善だけでは何ら成果が得られない点が問題です。つまり根本的には経済的生活レベルの向上なくしては、住居水準は向上しません。これらの地区において、改良事業後の家賃の上昇、生活形態の変化についていけずに離脱して行く人々は決して少なくありませんでした。そして次第に居住者が入れ替わってサラリーマン住宅に変化して行く傾向すら見られたのです。これでは単にスラムを都市内において移動させているだけではないかとの批判が生じるのも当然でした。国の内外を問わず市街地再開発計画に伴って常に起こるこの問題は、住宅の計画が単に建物の問題にとどまらず、地区環境から社会環境につながる幅広い問題であることを示しています。

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