接客尊重意識

明治以後、格式、しきたり意識の基盤である封建的身分制度が撤廃されたとはいえ、また、産業、社会面において近代化の道を歩みはじめたとはいえ、身近な生活面においては、前時代の意識、慣習が多分に継承されました。特に新人民の生活指導にのぞんでは、意識的に武士の道徳、生活規範を採用しました。住宅の場合、にわかに建て替えるものでもないため、いぜんとして旧物が存続したことはいうまでもありません。ただ表は主君のというよりはみずからの体面のため、役宅というよりは接客の間として新しい意味と機能が付与されます。明治初期の指導者層は、昨局多事の折柄、頻繁に会合をもちましたが、表はその場にあてられ、洋風化が新時代の象徴でもある当時、畳上に絨緞、円卓、椅子等が持ち込まれ、それが珍しくまた誇らかに客の目をひいたのです。

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間取り

新しい支配体制が確立され、堂々たる洋風官衙が整備され、その建築技術を利用できるようになった明治中期において、洋風住宅全盛の時代が開花します。政府高官、軍人、華族、富豪の多くが、万数千坪の敷地に石造、レンガ造,西欧諸様式とりどりの豪壮、本格的洋館住宅を次々と建築します。しかしそれらはほとんど居住用というよりは。宴会、舞踏会、園遊会等数十数百の貴顕淑女を招待する社交場として頻繁に使用されています。
形式が洋風化しても、衣食住の実生活を支える生産、消費の社会的基盤が成熟していない状況のなかで、本来の日常生活を営むことはできません。家族日常の実生活のためには、旧来の和風住宅がそのままあてられていたのです。つまり堂々たる洋館は表にあたり、和館は奥に匹敵します。表意識は接客意識に発展し、洋風は新時代の権威の象徴として人々に対してデモンストレーション機能を発揮するのです。
上流のこのような風潮は都市中産階級に波及し、従来の和風住宅に洋風接客空間である応接間を設け、主人の居所を象徴する書斎用デスク、椅子等を飾る和洋折衷の住様式を創出させる傾向を生みだしました。
客間を応接間として洋風にすることは、椅子生活の導入という起居様式面の発展としても考えられますが、それと同時に接客意識と欧化追随の意識との結びつきの所産であるといえます。このような欧化追随意識は、今日でも時々見かける舶来尊重の意識の母体でもありましょうが、急速に先進諸国に追いつこうとする努力のあらわれとしての一面をももっています。明治以後のその駆足の連続は、先進的なもの、新しいものをともかく取りこもうとする習性を、日本人の性格の中に植えつけたように思われます。それは新しいものはすなわち合理的であろうと無条件に客認する意轍として、現代の住生活における生活態度の一部を形成しています。例えば戦後の家庭電化などへの対応の仕方などがその例です。
欧化と結びついた格式意識は、都市では先のような発展を示しましたが、農村地帯では欧化と無関係に、客座敷増築、2室から3室住居から4室住居へ住宅規模の払大が行なわれました。
今日、台所、納戸、居間、座敷などの室名をもつ4室住居が、農家住宅の共型平面として考えられていますが、このような規模、体裁を備え得るものは、明治以前、庄屋、富農階級を除けば稀であったと考えられます。
明治以後は士農工商また百姓間の身分差が撤廃されることにより、農民の分相応のしきたり尊重意識は、格式をあげようとする方向へ発展します。表座敷の増設、あるいはそれをそなえた四つ間取り平面の新築が、格式的住宅改善の一つの目標になり、格式と接客尊重の意識は、都市より一層強く長く農村に受けつがれたといえます。戦前戦後にいたる農村の住意識、住居形式に示される保守的傾向の強さは、その事実をものがたっています。

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