家賃滞納と無催告解除の特約

家主との借家契約書に、借家人が一カ月分でも賃料の支払を怠ったときには、家主は、なんら通知、催告を要せず、直ちに契約を解除することができる旨の条項が定められていました。ところが、私は、一ヵ月の長期出張のさいに家賃の支払を一カ月遅らしてしまいました。帰ってから持っていきましたら、私をかねて追い出そうと思っていた家主は、受領を拒否したのち、契約を解除するから家を明け渡せと通知してきました。もはやどうにもならないものでしょうか。
近代社会には、契約自由の原則が働いています。民法の賃貸借の規定は、この原則を前提として定められているのです。したがって、当事者間に特約が決められたときは、その特約によって処理され、特約がない事項につき民法の規定があれば、裁判官はその規定に基づいて処理することになります。このような規定を任意規定といいます。しかし、このようなしくみでは、社会経済的に弱い地位にある借家人は、一方的にいろいろの不利な特約を押し付けられるので、借家法は借家権を保護するいくつかの規定 をかかげた後で、その六条に、それらの「規定に反する特約にして賃借人に不利なるものは之を為さざるものと看倣す」と規定しました。この意味は、当事者間で各種の事項につきいろいろ特約をもうけた場合には、借家法の諸規定に比べて、それらより借家人に有利な特約は有効だが、それらより不利な特約は作られなかったものとみなされて借家法の規定が適用される、ということです。ですから、借家法の規定は任意規定ではなくて強行規定、正確にいえば、片面的強行規定ということになります。
では、借家法六条により片面的強行規定となっている事項は何かといえば、七つあります。第一は、賃借人は、賃借権の登記をしていなくても、建物の引渡しを受けていれば、借家権をもって、建物の買受人その他の第三者に対抗できるということです。
第二は、家主は、正当事由がある場合でなければ、更新拒絶または解約申入ができないことです。
第三は、家主が、期間満了前六ヵ月ないし一年内に更新しないという通知をしなければ、賃貸借は更新したものとみなされるし、この通知をしたときでも、期間満了後、賃借人の使用収益に対しただちに異議を述べなかったら、更新したものとみなされるということです。第四は、家主の解約申入は六カ月前になさなければ有効ではないということです。
第五は、一年未満の賃貸借は期間の定めのない賃貸借とみなされるということです。
第六は、家主の承諾をえて借家人が建物を転貸している場合には、家主は賃貸借の終了を転借人に通知しなければ、賃貸借の終了を転借人に対抗することができないし、その通知があったときは、転貸借はその通知後六カ月経って終了するということです。
第七は、賃借人は賃貸人の同意をえて付加した造作の買取請求権を有するということです。
そこで、以上の七つの事項以外の事項について、借家人に不利な特約があった場合、その特約の効力をどうみるかという問題が生じてきます。借家法六条では、はっきり限定しているのですから、限定した事項に関しない事項についての特約なら、有効と解すべきではないかという説も出てきますし、借家法六条を類推適用し、ないし借家法の精神に基づいて、借家法六条が掲げていない事項の特約でも、それが借家人に不利なら、無効と解すべきではないかという説も出てくるのです。この点で、実際上もっとも多く問題となるのは、次の三種の特約です。第一は、借家権の無断譲渡、家主の承諾をえないで譲渡することや借家の無断転貸、家主の承諾をえないでまた貸することがあった場合には、家主は催告を催告せず直ちに賃貸借契約を解除することができるという旨の特約です。第二は、借家人が、家主の承諾をえないで、借家を増、改築したり、空いている敷地に建物その他の工作物を設置したり、また、部屋の壁その他の模様替えを行なったりした場合 には、家主は催告を要せず直ちに賃貸借契約を解除することができる旨の特約です。第三は、借家人が家賃を滞納した揚合には、家主は催告を要せず直ちに賃貸借契約を解除することができる旨の特約です。

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借家法六条により借家人が保護される特約以外の特約の効力について、学説、判例上、一方では有効説があり、他方では無効説があります。有効説は、特約を有効と解し、特約に該当する借家人の行為が発生すれば、その事実のみを理由として、家主は契約を解除することができるとするわけです。これに反して、無効説は、特約は無効であると解し、特約に該当する借家人の行為の発生があっても、家主は契約を解除することができないとするのです。しかし、近時は、両説の中間の説が漸次強くなり、しかも、この説は信頼関係理論と結びついてゆく傾向をみせています。
この説によれば、特約はいちおう有効だが、特約違反だけで解除を認めるべきではなく、解除権の行使は、特約違反という一つの不信行為も含めて全休の信頼関係が破壊されたと認められるときにのみ有効であるとされるのです。つまり、特約違反も信頼関係に反する一つの事由にはちがいないが、特約違反の事実があったからといって、それだけで信頼関係が破壊されたと結論を下すべきではなく、他の諸事情心合わせて総合的に判断し、家主と借家人が相互に不信感が強く、両者の間には心はや信頼関係が存在しないと認定されたときにのみ、契約の解除ができるし、また裁判所もはじめて契約の解除を有効と認めるべきであるというのです。そして、この場合には、信頼関係は破壊されてしまっていますから、論理的にみれば、催告をする必要がないということになると思います。もっとも、実際には、信順関係をつなぐ最後の一片の糸みたいなものとして、催告してみる必要があるかもしれません。それでもなお借家人が催告に応じて履行しないならば、一片の糸も切れはてて、いよいよ信頼関係は断絶され、破壊しつくされたものと認定できるでしょう。ですから、学説のなかには、この最後の催告は必要だと強調するものもあります。
家主、借家人間のような継続的な債権関係では、法律の規定に反する債務不履行や特約違反があったからといって、その事実を理由とする解除権の行使をそのまま有効と認めると、裁判所の判断が硬直にすぎて弾力性を失い、現実の生活関係にそぐわなくなります。もっとも、このような場合には、信義則や権利濫用という概念を適宜に使用し、硬直性を防いで、具体的妥当性に伴うような結論にもってゆく方法もあるし、実際にこの方法が用いられることもあるのですが、それよりもっとキメ細かい操作をすることが望ましいということで、近時の判例理論は、学説の助けを借りつつ、信順関係理論の確立を急いでいるのです。要するに、賃貸人、賃借人間は、信頼関係に基づき、大事な財産を貸す、借りるという関係が形づくられているのですから、一片の債務不履行や契約違反があったからといって、直ちに契約関係が一方的に消滅してしまうような最終的結果を簡単に認めるべきではなく、そのような最終的な結果をもたらしうるのは、結局、両当事者に信頼関係がまったく失われたときに限られるというとです。
しかし、このような信頼関係理論の浸透の速度は、債務不履行ないし義務違反の領域によって若干差異がありました。最も早 かったのは賃借権の無断譲渡および賃借物の無断転貸の場合でした。無断譲渡、転貸の場合に催告を要せずに契約の解除ができるということは、特約がなくても、法律でも規定されているのですが、特約がある場合にせよ、ない場合にせよ、無断譲渡、転貸を理由とする契約の解除の裁判においては、無断譲渡、転貸という事実からただちに解除を認めるということはなくなり、信頼関係の破壊の有無を判断した上で解除を有効と認めるかどうかを決める方式が確立しました。次に、無断増改築や無断改装の揚合ですが、この場合にも、特約があれば特約に基づき、特約がなければ用法違反を理由として契約の解除ができるのです。そして、ここにも、近時、信頼関係理論の進出は著しく、確立したといえるでしょう。
家賃の支払は借家人の義務ですから、借家人が滞納すれば家主は契約を解除することができるという特約がない場合にも、解除ができることは当然です。ただし、悪質でない滞納の場合に、契約の解除ができるかどうかは問題で、近時は、信順関係が破壊されたとみられる場合にかぎり、解除を認める方式に向かいつつあります。 それでは、家賃の滞納があれば催告を要せず直ちに解除することができる旨の特約がもうけられている場合には、このような解除を制限するような信順関係理論は排除されるのかどうかということが問題になります。しかし、無断譲渡、転貸や無断増改築、改装において、信頼関係理論が特約の有無にかかわりなく判例の指針となりえたと同じように、家賃滞納の場合にも、特約の有無にとらわれずに、下級審判例では、着々と信頼関係理論が浸透しつつありますので、同じ趣旨の最高裁判決が出現し、判例理論が固まってくるのもそう違いことではないでしょう。もちろん、特約がある場合に、借家人がその特約に反することは、信順関係に背く一つの事由となるといえますから、特約がない場合に比べると、賃借人にそれだけ不利ではあるわけです。しかし、信順関係理論は、信頼関係がなお残っているかまたまったくなくなったかの判断に基づいて解除を認めなかったり認めたりするのですから、単に特約に違反したからといって、それだけで形式的に信頼関係が破壊されたといってしまうべきではなく、特約違反も一つの事実として考慮に入れ、そのほかの諸般の事情も総合的に考慮に入れた上で、最後の決定を下すということになります。ですから、一ヵ月でも滞納したら、催告なしに解除できるという特約があっても、催告なしにいきなり契約を解除しても、特約どおりの効力は生じないことになります。数カ月滞納した場合でも、特約どおりの効力が生じるかどうかは、他の諸事情とにらみ合わせなければ分からないといえましょう。しかし、借家人が家賃を数カ月滞納しており、その間、借家人になんらの誠意も認められない場合とか、借家人が、ずうずうしくて、催告があれば滞納家賃を支払うが、またすぐ滞納をくり返すというふうに滞納の態様がきわめて悪質な場合には、信頼関係が破壊されているとみてよいので、特約どおりに、家主は催告をしないで契約を解除することができると考えられます。もっとも、滞納の期間、借家人の誠意、滞納の態様の性質などは程度の問題ですから、特約どおりの無催告解除を有効と認めるかどうかは、判断に苦しむケースも多いでしょう。例えば、少額の家賃滞納の場合でも、借家人の行為が悪質であれば、信頼関係が破壊されたとして、特約どおりの即時解除を認めることも生じるでしょう。遂に、滞納が何カ月にもおよび、金額も大きくなっているケースでも、その滞納が家賃の増額請求をめぐる争いに関連して生じた場合には、一概に信頼関係が破壊したといえないこともあるでしょうから、特約どおりの即時解除は認められないということも生じると思います。このようにして、信順関係という判断基準は、利害関係のきわめて複雑になった現代の借地借家事件を解決してゆく手段として、特約の分野でも大いに活用されているのです。

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