抵当権と短期賃貸借

建物が抵当に入っている場合でも、所有者はその建物を自ら使用したり、他人に賃貸して賃料などの収益を得ることができます。しかし、抵当権で保護されている債務が返済できなくなったときは、抵当権者はその建物を競売で換価し、その代金から他の債権者に優先して弁済を受けることができます。この換価にさいして、その建 物が空家であるか、借家契約によって他人がそこに居住しているかは、それによって、競売価格が非常に違ってくるのが通常です。したがって抵当権設定当時にはなかった賃貸借がその後に生じた場合に、これに基づいての利用をそのまま認めることになると抵当権者は損害を被ることになりますから、抵当権者を保護するためには、その設定当時の状態で抵当権が実行できるようにする必要があります。そこで、抵当権設定後に生じた借家契約は、原則として、抵当権者および競落人に対しては、その効力を主張することができず、競落後の建物の明渡請求には応じなければならないことになっています。しかし、これを徹底しますと、抵当建物の賃借人は不安定な地位におかれますから、抵当権が設定されるとその建物を賃借しようとするものが失われて建物の利用のみちが事実上阻止されることになってしまいます。これでは、抵当権がその設定後も建物の利用を所有者の手に残してその活用を図ろうとしていることの性格にも反しますので、建物の利用と抵当権の効力との調和を図ることで、この弊害をなくす必要が生まれてきます。
そこで民法は、抵当権の設定後に新たに契約された賃貸借でも、それが民法六〇二条に定める期間を超えない賃貸借で、しかも登記をそなえている場合には、例外的に抵当権者や競落人にこの賃貸借の効力を主張し、建物の明渡しを拒むことができるものとしました。この民法六〇二条に定める期間内の賃貸借を、一般に短期賃貸借と呼んでいます。ところで、民法が六〇二条に短期賃貸借を設けた理由は、次のとおりです。賃貸借契約の締結は、本来は処分行為ではないのですが、一旦賃貸借関係が生ずると、貸主はその期間中はこの財産の利用について制約を受けますから、その期間が長期であるときは実際上処分行為に近いものとなってしまいます。そこで処分の能力または権限をもたないものについては、長期の賃貸借を結ぶことを制限しようとの見地から、その限度を定めたのがこの規定であったのです。こうして借家契約のうちその期間が短期のものだけは、家屋を管理する能力はあるが処分する能力のない準禁治産者とか、建物について管理の権限はあるが処分の権限のない不在者の財産管理人権限の定めのない代理人、後見人、相続財産管理人でも行なうことができる程度のものと評価されることになったわけです。このようなことから、家屋の利用と担保価値の調和を目的とする民法三九五条は、家屋の利用がこの程度のものである場合はそれほど抵当権者の立場を害することもない管理行為といってよいであろうから、これに限っては抵当権が実行された場合にも、なお存続しうるものとして、その利用を認めようとしたものであります。そして、建物については三年の期間を超えない賃貸借がここにいう短期賃貸借となります。

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間取り

私は甲、乙、丙三種の貸家を建築しましたが、その建築資金をAから借りたので、Aのために三種の建物を抵当に入れ、落 成と同時に抵当権設定登記を済ませました。そのあと、私は甲の建物を期間五年の約束でBに、乙の建物を期間三年の約束でCに、丙の建物を期間を定めずにDに賃貸しました。ところが借受金を返済することができなかったためAから抵当権を実行され、競売手続において三種の建物はEによって競落されました。するとEはB、C、Dに対し、抵当権設定登記後になされた賃貸借は競落人に対抗することはできないから、立ち退けといってきました。私はB、C、Dからどうしてくれるのだと責められて困っています。このような場合はどうすればよいのでしょうか。
これは、Cとの間でなされた借家契約が短期賃貸借にあたります。そのためにCは、抵当権者または競落人に対して、その借家契約の期間内は借家契約の効力を主張して、居住を続けることができ、立ち退く必要はありません。しかし、このためには、もう一つの要件として短期賃貸借が登記されていることを必要としています。そして通常の場合は、借家契約について登記がなされるということはむしろめずらしいことで、賃貸人としても、家を貸した場合に当然にこの登記をする義務を負うるのでもありませんので、この場合には、借家人が賃借家屋の引渡しを受けていれば、これでこの登記に代えることができるものとされています。そして、このような登記または引渡しは、抵当権者からの競売申立についての登記がなされる前にして おかなければなりません。本問では、この登記がなされたかどうか明らかではありませんが、少なくとも家屋の引渡しがなされているものと考えられますから、それ が競売申立の登記のなされる前であるならば、Cは立ち退く必要がありません。しかし、競売が開始し、差押の効力が生じてからのちに賃貸借の期間が満了した場合は、借家人はもはや借家法をたてにとって、競落人に法定更新を主張することはできません。それは、抵当権設定登記後になされた賃貸借のうち抵当権者をあまり害しない限度のものにかぎり例外的にその効力を認めたのに、さらに法定更新を認めることは抵当権者または競落人の利益を現実に著しく害することになるからです。また抵当権の設定されていることを知りながら借家契約を結んだものに、抵当権の実行と対立してまでも重ねて借家法による保護をする必要もあるまいとの考えにもよっています。したがって、Cは三年の期間満了後は競落人の立退請求には応じなければなりません。
ところで、本問では、競売の時期がCの借家契約の三年間の期間満了前か満了後であるのかは明らかではありません。このどちらであるかによって、借家権を競落人に主張できる期間が違ってきます。競売開始の時期が三年の期間満了前であるならば、競落後はその残存期間を競落人に主張できます。これに対してすでに三年の期間が満了したのちに競売が開始されたときは、期間がすでに経過しているCは直ちに立ち退かなければならないのでしょうか。短期賃貸借が抵当権者または競落人に主張できるのは、この程度のものは抵当権が実行される際に、たとえ、三年間まるまる存在したとしても建物の管理行為として抵当権者を害する恐れが少ないということによるのですから、抵当権が実行されるまでの間は六〇二条の制限をはずさない期間内でなら、一般の例に従って何回でも自由に更新することができ、賃借人は、抵当権者または競落人にこの更新した短期賃貸借の残存期間を主張することができます。このことは、抵当権が実行されるより前に借家法二条による法定更新が生じた場合についても同じです。ただ法定更新の場合は、一般にはその後は期間の定めのない賃貸借として扱われるとされていますので、この場合には、後述の期間の定めのない借家契約の競落人に対する対抗の問題として解決することになります。競売開始決定によって差押の効力が生じたのちは、更新の合意がなされても競落人に主張することができませんし、法定更新も認められないことは先に述べたとおりです。
それでは、Bとの間になされた期間五年の借家契約はどうなるでしょうか。ここでは民法六〇二条の期間を超える賃貸借は、民法六〇二条の期間すなわち借家契約では三年の限度で抵当権者または競落人にその効力を主張することができるかが問題となります。この点については、民法三九五条は抵当権を害しない範囲でできるだけ建物の利用を保護しようとするものであるから、三年の短期賃貸借は主張できるが、四年、五年という長期賃貸借は、全然主張が認められないというのは建物賃借人の保護という立場からおかしいから、三年を超える期間の部分だけを無効として、三年の範囲では抵当権者に主張できるものというべきであるとの有力な意見があります。しかし一般には、三年の期間を超えて期間をつけた借家契約は、全休としてその存在を主張することができない。すなわち借家権の期間を三年の範囲内に短縮するような方法で競落人に主張することはできないとしています。これは、民法三九五条を、一定期間は賃貸借契約の存続を保護するという趣旨のものではなく、短期間の賃貸借は一種の管理行為の範囲内のものであるがゆえに抵当権者にこれを是認させようとするものであるとして理解し、それゆえに、長期の賃貸借と短期の賃貸借とでは異質のものとして取り扱う必要があること、また、抵当権設定後にかような長期の賃貸借を設定したものを保護する必要がないことを理由としていますが、さらには、短期賃貸借保護の制度を悪用して、抵当権実行の妨害手段に利用することの多いことをも考慮に入れているようです。そして、この主張が今日の判例の一貫した態度でもあり、多くの学説もこれを支持しています。そうしますと、本問において、Bは競落人に対しその賃貸借契約の効力を主張することはできないことになり、直ちに立ち退かなければならないことになるでしょう。
次に、本問において、抵当権設定登記後になされたDの期間の定めのない借家契約が競落人に主張できるかどうかについて考えてみます。期間の定めのない借家契約は民法ではいつでも解約できるものですが借家法では、借家人の保護のために、自ら使用することを必要とする場合その他の正当の事由がなければ賃貸人からは解約の申入ができないものとして制限しています。このため期間の定めのない借家契約はその解約が大きく制限されることになったので、これが競落人から借家人に対して家屋の明渡しを請求する場合にそのままあてはまると借家 人と抵当権者 競落人の地位の調和に大きな影響を与えることになり、果たして、このような賃貸借契約の効力を認めても民法三九五条が短期賃貸借に限った趣旨に反しないかが問題とされます。そして、この点についてはその取扱もかなりに分かれています。すなわち、解約の申入に正当の事由が必要となった以上、それは長期の賃貸借契約と変わるところがなくなったのであるから長期賃貸借の場合と同様に競落人に対抗できないとするもの、これを短期賃貸借と同視し、借家人は競落人に民法三九五条によって賃貸借の効力を主張することができるとする点では共通の立場に立ちながら、競落人に正当の事由がなくとも解約ができ、借家人は家屋を明け渡さなければならないとするもの、これと反対に、競落人に正当の事由のないかぎり借家人は家屋を明け渡す必要がないとするもの、借家契約成立のときから起算して三年間の期間にかぎり明渡請求に応ずる必要はないとするもの等があるといった有様です。しかし、最近は、これを短期賃貸借とみて賃借人は競落人にその効力を主張することができるし、競落人からの解約の申入には借家法にしたがって正当の事由が必要であるとしながらも、その正当の事由の認定には、抵当権設定後の賃貸借であることを考慮して相当程度に緩和して考えることで競落人の利益を保護しようとする方向に判例は統一されつつあるようです。このような傾向から考えてみますと、本問でのDは、競落人に対して一応は賃貸借契約を主張できますが、競落人から解約の申入があった場合には、競落人が建物の使用を必要とする事情をはじめ、賃貸借成立後の経過期間や競落代金など諸般の事情が考慮されて解約の当否が判断されることになりましょう。

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借家の期間の決め方と効力/ 更新後の借家の期間/ 一時使用の賃貸借/ 一時使用の賃貸借の特性/ 和解、調停と一時使用の賃貸借/ 抵当権と短期賃貸借/ 解約申入と更新拒絶の要件/ 解約申入と更新拒絶に必要な正当事由/ 正当事由の存在時期/ 新家主から借家人への正当事由/ 代償の提供による正当事由/ 家計費捻出のための正当事由/ 改築あるいは新築する場合の正当事由/ 家賃の滞納、借家の使用方法での正当事由/ 営業上利害の対立での正当事由/ 借家権の譲渡と転貸の自由の制限/ 借家権譲渡の承諾の効果/ 借家転貸の承諾の効果/ 差配人や管理人などとした承諾/ 事後承諾と包括的承認/ 借家の譲渡、転貸の黙示の承諾/ 譲渡、転貸の承諾の撤回/ 借家権の無断譲渡、転貸の効果/ 間貸と転貸/ 一部の無断転貸と全部の契約解除/ 解除権の制限/ 近親者への間貸は転貸にあたるか/ 個人契約の借家を会社名義で使用している場合/ 建物の賃借人が共同事業者に建物を使用させる場合/ 無断転貸がやむをえない事由による場合/ 契約解除される前に転借人を借家より退去させた場合/ 解除権が発生せず、解除権の行使がゆるされない場合/ 移転料、更新料、名義書換料の意味/ 移転料の効用/ 移転料、立退料の算定方法/ 更新料の効用/ 名義書換料、承諾料の効用/ 名義書換料の算定方法/ 造作の意義/ 造作買取請求権の効果/ 造作買取請求権の行使と建物の留置/ 費用償還請求権の成立/ 費用償還請求権行使の時期/ 費用償還請求権の行使と建物の留置/ 借家紛争の調停と和解/ 借家の仮処分/ 土地買収と借家権/ 区画整理と借家権/

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